【Q,彼女の歌う理由】(女1 男1)
《あらすじ》
私が記者になりたての頃、今は亡き偉大な歌姫(Diva/ディーヴァ)に取材をするという大チャンスを得た事があった。
しかし、その時彼女が私に話してくれたものは、民衆が知る彼女の輝かしい経歴とは全くの別物だった。
何故、彼女は偽りの彼女で居続けたのか。何故、そうまでして歌い続けたのか。
歴史に生きた歌姫の短い独白。
《登場人物》
・セルーナ 40~50代 女
シチリア生まれの名高い歌姫。20代でデビューの後、一躍大スターになる。以降、名だたる舞台に立ち、大成功をおさめ続けた。社交界の花形としても有名。しかし、その実情は社交界に潜む毒花であった。幼少期は戦争孤児として育ち、反社会勢力に拾われる。様々な芸事から話術、語学などの他に、殺しや暗殺に使える知識などを叩き込まれ、社交界デビューをすると、上層部の命令に従い、軍部や政治家、金持ち達との情勢と命を賭けた駆け引きをしてきた。
しかしその事を知るものは少なく、一般的に知られる彼女の華やかな経歴は組織が準備したものであった。
物語での彼女は晩年とは思えないほどデビュー当時の美しさと気品を保っている。
・記者 (当時)25歳 (現在)40後半
10代後半で記者を夢見て都会に出た。母国の日本では新聞社に就職後、日々スクープを追っていたがどんな大きな事件も、金と権力に揉み潰されてしまい、まだ若い彼にはそれら自らの努力で得たスクープ達を守り、世に発信する事が出来なかった。20代でそんな生活に嫌気が差し、海外に出た。しかし、そこでまだ戦争の傷跡が残る国々やそこに住まう人たちを取材する内に報道に対して再び熱を得る。そして、運命的にセルーナと出会う。取材嫌いな彼女に何とかインタビューする機会を得るのだが…。
(作品中の記者は語り部です。なので『』で表記されます。演じ分けをお願いします。)
(会話劇として描いたものでbgmやseについては無記入です。もし作品をご使用の際にはお好きな使い方をしてください。)
セルーナ「…私が歌う理由(わけ)?」
記者『かつて、シチリアの地が産み落とし、地中海の潮風が育てた、稀代(キダイ)の歌姫(diva)がいた』
セルーナ「そんなこと…歌手に聞くものじゃないわよ…まあ、いいわ…答えてあげる」
記者『かつて、私は彼女に取材する機会を得たことがある。晩年の彼女はとてもその歳とは思えないほど美しく、若々しかった。それも…その取材から数日後に、死ぬとは思えないほど』
セルーナ「何でしたっけ?…ああ、そうね『私が歌う理由(わけ)』ね……そうね」
記者『少しだけ、視線を落とし、思案をすると、彼女は私の目をじっと見つめた』
セルーナ「…あなた、お幾つ?」
記者『まだ若く記者になりたての私は目の前の偉大な存在に畏れていた』
セルーナ「そう…若いのね。私はね、ずっと昔…大戦が始まる前に生まれたの」
記者『そして彼女は己の生い立ちを話し始めた。…それは、民衆が知る、セルーナの経歴とは全く異なっていた。それは、今まで私が聞いてきて信じていた、輝かしい経歴とは違う。きな臭く…どこか血の香りのする物語…』
記者『彼女の背後には歴史の傷跡がまとわりついていた。戦争と…』
セルーナ「人の死と、音楽…それらが私を今も歌わせるの」
記者『世間の皆が真実と思っている、あの華やかな経歴は嘘だったのか』
セルーナ「知ってた事と違う?…当たり前でしょう。私は取材中にはなんにも喋ってないもの」
記者『そう言って彼女は悪戯そうに笑った』
セルーナ「そしたら、それをみかねた周りが適当に経歴を作り上げて話したの。…だから…そう、みんなが知っている…あのセルーナは存在しないのよ」
記者『では何故、その偽の経歴とイメージの中、彼女はその通りに振る舞ってきたのか?』
セルーナ「それは…歌い続けなくてはいけないから」
記者『セルーナ…あなたは何故、そうまでして歌うのか?舞台を降りてまで、何故セルーナを演じてきたのか』
セルーナ「私が歌うわけ?
そんなこと、この世界にお聞きなさい。
私は歌姫(diva)よ。歌うべき存在なの。」
記者『そうして取材は終わり、彼女は最後にこう言った…』
セルーナ「ひとつ、言える事があるとすれば…“本当に歌える”ということは、本当に平和だということ。だから、私は歌っていられるの」
記者『…さようなら。そう言って彼女とは別れた。
その数日後のことだったか…彼女は幕が降りると同時に舞台上で倒れ、そしてそのまま息を引き取った。…私は、その訃報を帰国してから聞いた』
記者『…え?その時の原稿はどうしたかって?…残念ながら燃やしたよ…メモも、録音も全てね。…誰にも、彼女の人生を背負う事なんて…到底出来やしないよ』
0コメント